おじゃりあれ八丈へ あがりやれ島酒を
伊豆七島の最南端に位置する八丈島。南国の花や海の幸に恵まれた島です。常緑の八丈富士と三原山から湧く、大変良質な水は、焼酎造りには欠かせません。離島では昔から水の確保が命取りになっていましたが八丈島では島自体が貯水タンクになっており水が枯れた事は無いと云われています。今から130年程前、流罪により、薩摩から八丈島に住むようになった丹宗庄右衛門が、焼酎を島人に教えたのが、焼酎造りの始まりとされています。島人は大変喜び、彼を「さつまじい」とよび尊敬したということです。島の自然風土が醸し出す爽やかな風の味。ぜひ、一度「島酒」をお試しください

磯崎酒造の焼酎づくり
古来よりの製法・常圧蒸留(500年の歴史を持つ伝統的な蒸留方法で、原料の特性が生かされ、甘味、香り、旨味などが楽しめます。貯蔵した時の熟成効果が高く古酒や長期熟成酒などの風味を生かす焼酎に適した蒸留方法とされています)にこだわった原料の持ち味を残せる本格焼酎を製造しております。
鹿児島の芋焼酎は、一般的に米麹(こうじ)を使用していますが、八丈島では麦麹を使いその為、全体的にソフトな仕上がりで飲み飽きしないのが特徴です。

島の歴史…東京から南に291km、八丈島は伊豆七島の最南端にあり南国情緒が豊かな島です。黒潮の流れの中に浮かぶひょうたんのような形の島は面積約70㎢、人口約9千人で、黒潮の影響で暖かく、年平均18.2度の温暖な気候のため、島内いたるところに椰子、シダ類の亜熱帯植物やハイビスカス、ストレチア、フリージア等の花が咲き、美しい自然と素朴な人情にあふれる島です。江戸時代には、伊豆諸島全域、幕府直轄領として、八丈島には千八百人を超える人々を流罪にしましたが、流人によって作られた風俗、習慣、生活様式は、玉石垣、高床の倉造り、勇壮な太鼓ばやしなどにその名残が見られます。八丈島は、慶応十一年(1606年)に、関ヶ原で敗れた宇喜多秀家父子と従者総勢十三人が送られてきた時から、流刑地になりました。
「鳥もかよわぬ八丈島」も、今では羽田から飛行機で45分の南の島です。

大里地区(島の西側)には、先人の造った大変に美しい玉石垣が今でも生活に溶け込んでいます。一つの石を六つの石で全て均等に囲み積み上げられています。見た目にも機能性においてもバランスの良い石垣です。

八丈島の魅力の一つに大自然があります。八丈富士(西山)標高854mと三原山(東山)700mに抱かれた大自然。黒潮の海流に育まれる大自然の贈り物。太陽のように皆に微笑んでいる花々。島の南にある6ヶ所の癒しの温泉など、大自然から沢山の元気をもらえる八丈島に『おじゃりやれ』
